海の怖い話〜集団水難事件〜ダイビング中の事故〜

今回は1955年に日本で起こった集団水難事件と、2000年にエジプトで起こったダイビング中の事故をご紹介します。

 

お盆の海は別名「地獄の釜の蓋が開く」実はクラゲが一番危険?

 

 

橋北中学校水難事件(津海岸集団水難事件)

1955年7月28日、三重県津市の中河原海岸で起こった事件で、日本最悪の水難事件と言われています。
当時はまだプールが普及しておらず、海での水泳訓練は一般的なものでした。遠浅の海岸でその日は穏やかな海水浴日和。浜から10m程進んだあたりで、まだ足は着く場所でした。
しかし突如として100名近くが溺れ出したのです。
助けを求める声に気付いた教師や3年生の水泳部員たち、海水浴客が協力して懸命に救助にあたりました。教師の1人が近くの病院へ助けを求め、医師や看護師らが現場で蘇生を施しました。その後、救援隊、機動隊、自衛隊、県庁職員、漁師や複数の病院からの応援の医師などもかけつけ救助や蘇生にあたりました。しかし、36名の女生徒は息を吹き返す事はなかったのです。

 

助かった生徒によると『急に水かさが増した、すごい早さで流された』と言った証言が多く、異常な潮の流れが原因ではないかという説が有力ですが、はっきりとした原因は特定されていません。

 

この事件以後、学校へのプール設置が急がれました。

 

ちなみに『防空頭巾をかぶり、モンペを履いたたくさんの女の人に引っ張られた』といった証言もありました。
この事件が起こる10年前の日本は第二次世界大戦末期。津市でも多くの人々が命を落としており、火葬しきれなくなった遺体をこの海岸へ埋葬したそうです。

 

 

あるダイバーの最期

2000年4月。世界的に有名なダイバー、ユーリ・リプスキーはエジプトのブルーホールでダイビングをしていました。しかし、突如パニックになり水深約90mのところで息絶てしまったのです。その沈んでいく様子を、彼の持っていたビデオカメラが撮影していました。
映像の最後の方に水深計を確認するためか手だけが映りますが、彼の姿は映っていません。しかし、『Help』という声に胸が痛むと同時に恐怖を感じます。

 

動画はこちら (※死体などの映像はありませんが、こういった映像が苦手な方は閲覧に注意してください)
↓↓
https://youtu.be/3F8KYXvrb5w

 

そして、遺体を引き上げる際の映像がこちら(※遺体の映像も映りますので苦手な方はご注意ください)
↓↓
https://youtu.be/zr5doYH5dXc

 

事故の原因として、大型魚の魚影をサメと勘違いしパニックになったといった意見や、重い機材を持ち過ぎだった、酸素中毒になったといった説が有力です。

 

 

 

とてつもなく広く深い海。自然の中では人間がいかに非力かを思い知らされますね。

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